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あんざい果樹園
あんざい果樹園「林檎畑の演奏会」大友良英×テニスコーツ
 桃の実がピンポン玉ぐらいの大きさになった6月初旬の土曜日、あの「あんざい果樹園」の桃畑に穏やかな音色と、沢山の人たちの声が響いていました。大友良英さんとテニスコーツが果樹園のど真ん中で行った演奏会。初めてのイベントなのに、とても懐かしさを感じながら眺めていました・・。
 「あんざい果樹園」は福島市フルーツライン沿いにある果樹園。知る人からしてみれば、あの「あんざい果樹園」ですが、知らない人からしてみれば、ただの果樹園。桃や梨、りんごを栽培する農家です。ではなんで「あの」という代名詞が付くのか。この果樹園はいろんな顔を持っているからなのです。久子さんが営む器やの顔、次男夫婦が築いたcafe in caveだった顔、北海道のとある研究所の実家の顔。人によって果樹園でありながら、特別な場所になるのが「あんざい果樹園」。以前からコーヒー教室や、作家さんの個展等、農家の枠をはみ出しまくったコンテンポラリーぶりを、いかんなく発揮しいましたので、今回の演奏会も何ら不自然な感じはしませんでした。
 僕とあんざい果樹園の出会いは8年前。それ以降、僕の中でのあんざい果樹園は第3の実家のような存在となりました。とにかく居心地がよく楽しく特別な場所です。「ちょっと、私は第2の実家よ」と思っている人もいると思います・・そのぐらい沢山の人から愛おしく思われている果樹園なのです。ここにはいつも、いろんな土地から、いろんな人が集っていて何かワクワクすることをやっていました。
 人が集う要因は何なのだろう?桃やリンゴが愛情たっぷりで美味しいことは当然なのですが、一番は安齋ファミリーの持つ魅力だと思います。永遠のミーハー中学生のようなお父さんの一壽さん。菩薩の寛大さと、凛としたかっこよさを持つお母さんの久子さん、ゆるさを具現化して歩いているような次男の伸也くん、鎌倉生まれのハンサムウーマン明子さん、まぁ、キャラが立ちすぎている人達なのですが、それぞれの得意分野と持ち前の行動力で、あんざい果樹園を絶妙なバランスで盛り上げていました。
 文章の節々に過去形に書いていますが、ご存知の通り2011年にあの大震災、原発事故が起きました。これにより「あんざい果樹園」は大きくゆれました。伸也君、明子さん夫妻と子供達は北海道に拠点を移し、長男の祐一さん一家は長野県へ。あの出来事からの1年は未来形でのあんざい果樹園というものが全く見えない状況となりました。福島が福島でなくなり、あんざい果樹園があんざい果樹園でなくなった2011年・・・まぁ、これ以上の説明はしません。
 あれから2年が経ち、あの「あんざい果樹園」の桃畑に再び人が集っています。横を見ると大友良英さんとテニスコーツの音楽に合わせ、伸也君がふらふら揺れています。お父さんの一壽さんが、くだらないスマホアプリを自慢しています。時折強く吹く風が果樹を揺らします。見たことのある笑顔、初めて見る笑顔がキラキラしています。初めてのイベントなのに懐かしい感じ。
そう、あんざい果樹園が戻ってきたのです。
 この今の福島で「あんざい果樹園」がただ戻ってきたのではなく、いろんな事を経験し進化したからこそ戻れたと思っています。幸いにも桃やりんご等の放射線値は2012年は2011年より大きく下回ったこと。震災後も人の繋がりを大事にしてきたこと。拠点は離れても家族の絆はひとつだったこと。
福島県の課題は、まだなくなった訳ではありませんし、これからも続きます。これからの「あんざい果樹園」は、まだまだいろんな事を教えてくれると思うし、さらに楽しませてくれると思います。
最後に、こんな僕が偉そうに、あの「あんざい果樹園」を語ってすみません・・
あんざい果樹園仲間である、中川ちえさんの「まよいながら、ゆれながら」をご覧頂ければ、もっとステキに安斎一家を紹介していますので是非。
八巻智也
Interviewer
八巻智也
2013.07.01
あんざい果樹園
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